対談・学校と地域のセキュリティ対策 完

完全防御は不可能、リスクを甘受して対策を探る

出席者
三井住友海上グループ・インターリスク総研主席研究員    小林 誠 氏


マヌ都市建築研究所主席研究員、中央大学講師 
山本俊哉 氏

学校安全を守るPDCA

――学校セキュリティのサイクル、PDCAについてもう少し詳しくお願いします。
小林 PDCA、つまりプラン、ドゥ、チェック、アクトのマネジメントサイクルです。日本で一番の欠点は、PDで終って、CAにサイクルが回っていかないのです。 組織でのPDCAはよくありますが、特に利害関係者がたくさんいる地域の中でのPDCAはまだ誰もやっていません。文科省の掛け声でなく、地域の人が本気になってPDCAのサイクルを最初にまわし始めないといけないと思います。
山本 やはり文科省では全国が対象ですから、東京と青森でも同じ内容にしないとならないため、抽象的な表現にならざるを得ません。今言われた評価については、現状では評価する人材が十分に確保されていないし、ノウハウも十分に蓄積されていません。経験知や社会技術はあっても、予測できないことについては対応し切れないし、全国版の文書として示す対策も地域の状況に即して細かくは書ききれません。ですから、評価の問題は重要です。また、多くの既存の学校は、池田小学校のように改築できません。限られた予算の中でどうするのかというシステムが問われます。
 前回、京都の話をしましたが、「うだつがあがる」の「うだつ」とは、財力のある町家が作った防火壁のこと。学校だけに限りませんが、ハード面の対策は財力があればできます。財源が限られた中で、弱者である子供の学校を地域の中でどう守っていくかは地域の課題だと思います。
小林 学校というのは、良くも悪くも地域の中でシンボリックなポジションを占めています。また学校は地震の時などに避難場所として防災拠点になっているのに、なぜ防犯拠点にならないのかという疑問があります。防災も防犯もセキュリティの面では一緒なのです。防災のGISは進んでいても防犯のGISは遅れているのと似たところがあります。学校が防犯の拠点にもなるという動きがあってよいと思います。    

地域に根ざした学校

山本 学校の敷地内だけの防犯を考えると、閉鎖的にならざるをえません。その点、京都では、昔からの町衆の伝統で、消防団の詰所や公民館が学校の敷地内に置かれ、学校が地域の拠点となり、地域の防災や防犯に取り組んできた歴史があります。家の中から外は見えやすいが、外から家の中は見えにくいという京町家の面格子は、応仁の乱の後に生まれました。周辺との関係をどのように作るかという京都の人々の知恵です。
小林 京都の歴史と伝統ですね。地域全体の防犯性能を高めていかないと学校刑務所論になってしまいます。学校だけでできるものでなく、開かれた地域の防災、防犯拠点になってこそ、外からの攻撃も事前に察知できます。
山本 英国では学校の中にパブがあったりして、校長の権限が大変大きいそうですが、日本ではそうはいきません。
小林 中央集権、全国一律ではなく、地域に根ざしたものを目指すのが大切で、地方ヘの権限委譲の問題もありますね。

――庶民の立場ではSOSというときは防犯も防災も境がないですよね。
山本 そうですね。3年前に渋谷で安全安心の講演を頼まれ、去年再び、同じ場所で講演をしたのですが、聴衆も増えて反応はずいぶん違ってきました。前の方に座った中年の女性が資料を手にして、防犯対策のために窓ガラスにフィルムを貼りたいのだが、いろんな製品があってどんな基準で選んだらよいのか教えてくれと言う真剣な質問がありました。製品間の性能の違いを示す共通の物差しがなかったので困りました。

――警察庁が今年の4月公表した「防犯性能の高い建物部品目録」はまさにそんな人たちのためですね。
小林 そういう製品の基準は必要です。火災については消防庁で検定していますが、防犯については任意だということもあり、選択の基準や性能を比較する信頼できる情報が少ないですね。

裏をかかれる防犯

山本 火災とか地震という自然現象と、人の行為である犯罪とでは、基準のあり方に決定的な違いがあります。JIS規格に防犯の項目がないのは、防災のように物理的な実験方法でテストできないからです。「防犯性能の高い建物部品目録」の場合は、共通の試験細目を定めて行われましたが、どんなに試験水準の平準化を図っても試験員によって結果が替わる可能性は否定できません。試験水準の平準化について検討を重ねることが課題としながらも今回、目録を発表した背景には、建物部品の防犯性能の全体的な底上げにも狙いがあると思います。
小林 自然現象のような確率的な現象でなく、犯罪は人で、人が裏をかくわけですから100%大丈夫というのはありません。これに似ているのが製造物責任で、ステート・オブ・ゼア・アート、訳せば、技術の最先端であるかどうかを判定基準とするアメリカの法理で、それに合致していないと欠陥品だと見なされて、明確な工学的基準がないのです。セキュリティでの考え方と防犯とは似ていて、裏をかかれても大丈夫な製品づくりです。

――フェイルセイフという考え方でしょうが、そうなると価格が高くなり利便性が落ちるので、あるところで線を引くとか…
小林 リスクを受容するかどうかですね。日本では100%予防しなければならないという考え方ですが、そうではなくてある程度のリスクは甘受するというのが世界の共通認識です。
山本 防災は減災といわれるように、100%の安全はありません。防犯は防災以上に複雑ですから、残念ながら犯罪を完全に防ぐことはできません。池田小学校のような事件は絶対に起こしてはならないという議論はその通りですが、絶対の安全は無理なのです。
小林 無理だということを認めた上で議論しないと現実のものがなかなかでき上がりません。

――有難うございました。      (完)


(2004年7月25日号より)

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