安心安全まちづくりへの住民参加
安全な学校づくりにも生かしたい

東大工学部教授 小出治氏

 私は元々の商売が防災でありまして、その中で防犯も20年くらいやってきたのですけれども、一般的にも、防犯はどうしても警察の領域という意識がありますね。私の中では、永いこと防災が主でありましたけれども、情勢が変わって参りまして、先ほど山田先生から、世の中が週刊誌的なサイクルでしか動かないというご批判がありましたが、週刊誌的な事件が多く発生いたしまして、どうしても防犯に本格的に取り組む必要があると。
 それは宮崎勤という精神障害者による幼女誘拐殺人事件であったり、近年では神戸の少年(酒鬼薔薇聖斗)の非常に残酷な事件、また今回の池田小学校の事件も同様ですが、地元の物理的環境に目を向けるべきではないかと。例えば公園の植栽の位置であるとか、通学路の環境の改善であるとか、そういうものの中で犯罪の防止と環境整備との接点が日本人にも意識的に出てきたと言えるわけです。 山田先生のお話でも紹介されましたが、街角のカメラなどもイギリスでは内務省の指導の下でコミュニティが進めている。また建物の改善に当たっては警察が意見を述べるというようなことが、イギリスでもドイツでも、あるいはオランダなどでも行われています。
 これは元の発祥はアメリカです。1970年代に公共的な資金が足りなくて、地下鉄の電球が割られたら割られたままであるとか、落書きされたらそのままだとか、マンハッタンも南の方や海岸沿いに立てられた公共住宅がスラム化して、何とかしなければということで始まったものです。つまり、犯罪を起こそうとするような者が入り込みやすい造りはまずいのではないかと。そういうところから工夫が始まって、団地の設計を通して、物的な環境が犯罪を抑止するのではないかという試みが80年代のアメリカでは都市作りの基本になったのであります。
 都市計画というのは、元々は車社会の経済効率追求への反省に立つものです。経済の合理性の中で消えていったものを通じて、自分たちの足場を見直すということです。最初の柱が災害予防です。次が衛生。健康な生活を送るための施設ですね。3番目が治安になります。
 アメリカでは80年代以降、犯罪は警察だけでは手に負えないというので、総合防犯政策としての環境設計を考えました。地域の活性化を含んで、町を全体的に造り変えようと。最初のプロジェクトは、地方の商業地、住宅地が非常に低落しまして、犯罪多発の要因になっていることを改善するものです。そのターゲットの一つが学校です。
 日本では学校はもろい、弱い、悪事を企む人間が入りやすい存在ですが、アメリカでは学校は非行や犯罪の温床になっているのですね。ハイスクールなどはドラッグの巣窟で、物は壊されるし、夜には地域の犯罪に出て行くための拠点になっていたと。プロジェクトでは、基本的にはコミュニティ評価の中で環境防犯設計と公共政策をリンクしながら、学校も改革すると明記してあります。
 このプロジェクトには大きな原則がいくつかあります。第1は対象建物の堅牢化です。ターゲットの周辺を固める。窓ガラスの強化などもセキュリティに関わる問題として取り上げています。2はアクセスのコントロール。ロサンゼルスでは、街の周辺をかこむ道路の道筋を絞って、住民だけが使っている道路は住民しか通れないようにする、通路を住民が監視できるようにするといった具体例があります。3は視線の確保です。死角をなくして見通しをよくする。あるいは曲線を省く。4番目が住民の相互監視です。これは近隣に関心を持ち、自分たちの縄張りだという定住意識を向上させるのが目標です。住民がお互いに無関心だと、目がないのと同じですから。
 こういったことが街づくりの本来的な意味に近いのではないかということで、アメリカでは80年代以降広まってきました。一方では完全に城塞化する。一方で地域活性化を進める方策になる、こちらが遅れたので今集中してやっています。 日本の都市計画も変わってきました。漢字の都市計画からひらがなのまちづくりへと言っていますが、住民参加が大きな課題です。地域を自分たちで責任を持って管理するという新しい市民意識が必要になります。防犯はその動機づけとして大きな意味を持っています。 啓蒙的段階では、自分たちの街をよく知るためのガーディアンによるチェックがあります。次に、これは阪神大震災がきっかけなのですが、どこを改善するかを役所任せにしないで自分たちも積極的に関わっていく。警察とも連携する。
 以前は警察は情報を出さない所でしたが、最近はインフォーマルな形では出すようになってきています。市役所に警察官が出向している所もあります。こういう中で、行政・警察・市民がコミュニケーションを図るというのが、防犯には非常に有効です。
 市民の側から言うと、法に触れるかどうかではなく、実際の生活レベルで困ることも多い。浮浪者であるとか、青少年の溜まり場の問題であるとか、あるいは街灯が足りないとか、警察が関与しにくいことでも、住民にとっては同じレベルの問題なんです。街には、自分たちに責任がないようなものが結構多くあります。公園などがそうです。使う人と管理する人が異なると心に隙間ができて、壊れた物が放置された状態だったり、ゴミが山積みだったりする。そういうのが放火などの犯罪に結び付く。
 犯罪を直接力で押さえるのは警察ですが、住民の違った見方などが犯罪抑止に役立つことも多いのですね。新宿に街頭カメラが付くようになりましたが、これにも歌舞伎町の人たちの応援、商店街の積極的協力が不可欠です。映像の証拠能力がどうこう、プライバシーや肖像権がどうこうは問題にならないということでGOになりました。まだ実験的なものですが、警察と行政と、住民が一体になって推進する事業という意味で、学校のセキュリティを考える上でも、今後を占う一つのモデルケースになると思います。

(7月25日号より)

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