【対談】ゲリラ豪雨の特徴と対策


小林恭一氏小出治氏東京大学都市工学科教授 工学博士
 小出 治氏

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危険物保安技術協会理事 博士(工学)
 小林 恭一氏
(元消防庁 国民保護・防災部長)


サバイバル情報を自分で選択して生き残る
官民共有の情報プラットホームの必要性

 今や台風やハリケーンの襲来は、静かに家にいて嵐の治まるのを待つ、ということではすまなくなったようだ。情況次第で、真夜中であれ、嵐の中を避難しなくてはならない。
 日常でも「ゲリラ豪雨」という言葉がすっかり定着してしまった。水遊びをしていた子どもたちに川上から大量の流水が襲いかかる、下水道の水が急激に増水する、など、これまでになかった水難事故が起きている。
 そこで、防災分野の専門家である小出 治・東京大学教授と小林恭一・危険物保安技術協会理事に対談頂き、近年の水害の特徴と対策に付いて、語っていただいた。

―新しい都市型災害とも言える、最近のゲリラ豪雨に関して、その特徴と対策をお聞きします。
小林 だいぶ前から都市型の豪雨災害はありました。都市化が進んで緑や遊水池がなくなり保水力が減少したため、都市部ではちょっとした雨で浸水するようになったからです。
 しかし、ここ数年は雨の降り方が変わってきました。以前は時間雨量が50ミリならば大変だと言われてきたのですが、最近は100ミリ以上の雨も珍しくなくなってきたのです。これは、地球温暖化の影響だろうと言われています。その他に、大都市特有の現象としてヒートアイランンド現象もあります。また、地下街など地下利用が進んできたため、都市が非常に水害に弱いものになってきたという点もあげられます。

小出 水害というのは、降った雨をどれくらい地下に浸透させるかが重要なのですが、現代のような舗装した道路では不可能。今は、降った雨の行き場がなく、それを全部下水で処理しようという発想ですが、これでは下水で流せなくなった分は全部溢れてしまうことになります。しかも、「合流式」といって、雨水と汚水を一緒に流す方法をとっているために、下水管に非常に負荷がかかるようになってしまいました。

小林 時間雨量がもっと低かった時代は、現在の方法で対応できていたんだと思いますね。

小出 そう、現在の処理方法は、想定雨量が30ミリくらいですから、頻繁に50ミリに達する現状では対応できるわけがない。下水は今、「合流式」から雨水と汚水を分ける「分流式」に直す工事をしたり、50ミリ対応に管径を上げたりしており、だいぶ進んできていますが、すべてがそうなるには、相当時間がかかるでしょう。

―この異常現象は日本だけですか?
小出 気象との関連でいうと、いま世界中どこでも豪雨と渇水の両方が、まだらに起きている。だから、水害が起きる一方で、砂漠化が進んでいるのです。
 日本においても、非常に大きなグローバルスケールで、気象変動が影響しています。近年の水害だけ見ても、必ずしも東京で起きているわけではない。ということは、ミクロな規模でのヒートアイランド現象だけで災害を説明しきれない。もっと大きなジェット気流など、地球規模の温暖化そのものが影響しているのです。水害は、大気の中にどのくらい湿度を保持できるかということが重要になります。温度が上がれば上がるほど中に含まれている水量が増えるので、それが一気に出てくると、豪雨になってしまうのです。ですから、気温が2、3度上がると、それだけ水害は大きくなります。

―今後、水害による被害はどの程度になるでしょう。
小林 内閣府の中央防災会議「大規模水害対策に関する専門調査会」は、9月8日に「甚大な人的被害が想定される荒川の洪水氾濫による死者数、孤立者数等及び利根川左岸における200年、1000年に一度の発生確率の洪水による氾濫に伴う死者数に関する被害」を発表しています。

小出 200年という時期にした理由は、今の堤防は、200年確率で発生する洪水に対する治水を行っているからです。治山治水で総合治水をやり始めた頃は、100年確率だったのですが、20年ほど前に本格的スタートをしてからは、200年確率にしています。

小林 この内閣府の発表によると、200年に一度の発生確率の洪水による死者数は、墨田区墨田地先で堤防が決壊した場合避難率が40%だと、a)排水施設が稼働していないケースでは最大約2,100人、b)排水施設がすべて稼働するケースでは最大約500人、洪水量3割増しの、1000年に一度の洪水では、死者数は200年に一度のときのa)は約4500人、b)は約1,100人となっています。非常に大勢の死者が出ることが予想されています。

―海外と日本の水害の違いは何でしょう?
小林 日本と、中国、ヨーロッパなどとが大きく違う点は、川の勾配です。日本は勾配がきつい急流なので、増水するとワッと溢れるけれど、半日もすれば水は引けてしまう。
 これに対して外国は川が平坦なので、水位はなかなか上がってこないけれど、いったん上がったら、なかなか引かないのです。川の大きさも非常に大きいですし、2005年のハリケーン・カトリーナの場合など、東京から大阪くらいの距離を避難しています。
 洪水対策としては、日本も大陸諸国もそれぞれ特有の難しさがあるのだと思います。
 海外でも、長期的な水害予測を出しています。アメリカでは、連邦危機管理庁(FEMA)が主導して、100年に一度の確率で浸水する範囲を基本とし、500年に一度の確率で浸水する範囲等の表示を加えた想定浸水域図の整備を進行させています。EUでは、水害の多いイギリスで100年に一度の場合と、1000年に一度の場合の2ケースにおける浸水想定区域図をインターネットで公表、ドイツでも、過去の洪水水位や、100年に一度、200年に一度の浸水想定などを示し、 スウェーデンは100年に一度と1万年に一度の確率の浸水想定を実施しています。国全体がゼロメートル地域のオランダでは、1250年に一度から、1万年に一度の確率の洪水防御の目標値を設定し、それに合わせて堤防を整備しています。

小出 ゲリラ豪雨とは少し違うかもしれませんが、異常気象の中で川の氾濫や堤防の決壊と水に関する災害は増えています。最も増えているのは中国や東南アジアでしょう。それは、気象だけでなく、いわゆる都市化です。典型的なものが北朝鮮で、炭のために木をすべて伐採して、そのあと何もしないので保水性が全然なくなり、雨が降っても全部洪水で流れてしまう。中国も全く同じです。アジア圏の国は、もともと下水道もなく、緑で洪水を止めていましたが、伐採のあと木を植えないため、保水しなくなってしまったのです。日本では、人工的に河川を管理しているのが前提になっており、破堤したり、現況に合わなくなった場合に直すわけですが、アジアはもともとそういった河川管理は何もない。そうした中で、2000年か3000年の歴史の間に、氾濫によって肥沃な土地が出来上がってきた。つまり、洪水がなければ、ナイルもインドも文明は生まれなかったのです。洪水は、そのあたりに人が住んでいる場合に死ぬというだけで、自然からみれば恵みになっていた。ただ、近年は、そこに住みだした人々が非常に多くなり、その人たちが、開発などで、悪影響を与えてしまい、それに対する対処も何もしないから、被害が拡大しているのです。
taidan08092501.jpg 一方、アメリカやヨーロッパなどは、むしろ堤防をなくし、自然堤防にしようという動きがあります。これらの国は日本と水位のコントロールの仕組みが違う。こうした地域の川は、水位が高く、道と同じくらいの高さまで来ているけれど、所々で堰を作って水位をコントロールしているのです。

小林 あの方法だと、日本の都市河川のように堀割の底にちょろちょろと水が流れている、などというのとは違い、水面を地面の少し下くらいに設定できますので、公園などと一体になったとしても、美しい川を作り出すことができます。
 日本も神田川と隅田川の間に堰などを作れば、やってできないことはないでしょうが、下水管や排水口などもともとそういう風に作ってないから、今からやるには大変ですね。

―水害の対応が遅れる原因は?
小林 行政の対応がいつも遅れているということでしょうか?
 行政の対応が遅れて被害が大きくなったということもないわけではありませんが、いつも対応が遅れて被害を大きくしている、という認識でしたら、それは間違いだと思います。
 洪水や浸水などの危険があると、気象情報などから市町村長が判断して避難指示や避難勧告をするのが今の仕組みですが、人材も経験もない中で、多くの場合、よくやってくれていると思います。

小出 近年は今までの経験では判断できない速さで水が溢れてしまう。従来なら上流で3時間降っていたから、水位はこのくらいになる、だから水害になるということが経験的に分かっていたので、現場の責任者は市長にものが言いやすかった。しかし、今は1時間で水が溢れるので、水害を予測するリードタイムがないのです。
 また、今は、ゲリラ豪雨に対して、正規軍で戦うやり方をしている。正規軍はマニュアル通りで準備を整えてから指揮命令をはっきりさせ、軍を動かします。しかし、ゲリラというのは、いつどこで起きるのかわからない。そこで、ゲリラに対しては、速攻部隊を作らなくてはならない。国土交通省などで、今、速攻の体制を作りつつありますが、機能するにはまだ不十分です。

小林 ゲリラ豪雨でなくても、大雨の中で的確に避難指示を出すというのは難しいものです。
 たとえば夜に30ミリ〜50ミリのものすごい雨が降っている中で避難するのは、避難者にとっても大変なことです。その中で市長さんは避難勧告や避難指示を出さなくてはならず、避難所も作らなくてはならない。先手先手と思っても、難しい面があるのです。
 防災行政無線にしても、ゴウゴウと雨が降っているところには音など聞こえない。そうすると、消防団などが夜中に一軒一軒のドアをたたいて回らなくてはならない。中にはせっかく知らせに行っても、住人がなかなか外に出ようとせず、その人を説得しているうち堤防が決壊して消防団の人が亡くなってしまったなどということもあります。

小出 もう少し天候が悪化しないうちから、高齢者、弱者だけでも、もっと安全な時に避難準備をさせようという仕組みは作ってはいるのですが、なかなかうまくいかないのが現状です。

――対応の遅れはどうしたら解決するのでしょう。
小林 現在は、対策が遅れているというより、気象状況が変わってきている中で、被害が出ないようにするには、どうすればいいかという問題だと思います。
 先日、兵庫県の都賀川の増水事故で多くの子供が亡くなりましたが、あそこの水系は、もともと増水しやすい。そのことを、近隣に住んでいる人は、知っていたはずですが、今回は避難が間に合わなくて死者が出てしまった。
これまでの常識を超える事態が起こったということですが、このことをこの地域の人たちは教訓として共有し、風化させないようにしていかなくてはならないと思います。
 もちろん、行政ももっと努力する必要があるけれど、それだけではなく、個人個人が危機対応能力を備えなくては、ゲリラ豪雨などの昨今の異常気象には対応していけないのだと思います。

小出 兵庫県はもともと鉄砲水の出るところで、阪神淡路大震災が起きる前の一番の注意事項は、水害でした。そのことを、地震が起きたら忘れてしまっているのです。
 ある意味、日本は治山治水をやりすぎたと言えます。水害を抑え、台風を抑えてきたから、洪水になってもたいしたことはない。台風になっても新宿で若者が普通にデートしている状況になった。そこで、水害が起きた場合、それを守るのが自分だという認識がなくなっているのです。

小林 人が準備してくれて、逃げなさいと言われるまで逃げないというのは、人間として退化している。こういう自己管理、危機管理の能力がなくなってしまった。

小出 実際、その危機管理能力があれば、助かる確率が高いのです。今の豪雨というのは、結局危ない所は決まってる。死ぬのは低い所、人工的、あるいは自然な窪地です。ローカルなエリアならば大体分かると思います。

―ハザードマップを出すという方法は?
小出 ハザードマップをどういうシミュレーションでやるかということが問題でしょう。私もハザードマップを杉並で作り、学校で配布したことがありますが、実際に洪水になった時の被害状況は全くハザードマップとは違うものでした。
 その理由は、シミュレーションというものは、だんだん精緻なものを求めるようになっていますが、精緻なものは細かな仮定を積み上げて出来ている。その仮定を1個でもハズすと、全部違ってきてしまうのです。しかし、今は従来の経験からのシミュレーションでは、現実に起こるものと食い違ってきてしまう。結局このときは「くぼ地マップ」を作りました。
小林 都市型の水害は、堤防が破堤するとか溢水するとかいうパターンよりも、マンホールから水が一気にあふれて来る、などというパターンが多く、なかなか予測しづらいのです。
 さらに、都市型水害の場合は、床下浸水程度でも、地下施設が沢山あるのが問題になります。地下街などに30センチくらい水が流れ込むと、もうドアが開かなくなってしまいます。都市型水害が発生した場合の地下の被害は、近年、各地で起きているので、今後の対策が必要でしょう。

――新しい災害に対する啓発の必要性は?
小出 ゲリラ豪雨と言っていますが、まだ実際の被害的には大したことはない。ただ、雨に関してこれからは何が起こるかわからないという視点でいた方がいいでしょう。さらに厳しい自然災害があるかもしれません。
 温暖化で、気象災害が先鋭化すると言われています。アメリカでも、本土に非常に近いところでハリケーンなどが起きているので、被害は大きくなります。実際、日本でも、今までフィリピン沖で発生していた台風が、直前の沖縄で発生している。これが前線とぶつかり、その前線が東京の北の方にあれば、大災害はすぐに起きます。今のゲリラ豪雨なんてかわいいものです。

――ハリケーンや台風の発生場所がどんどん近づいている?
小出 これからは水害の情報をもっと密に流さなくてはならない。企業が持っている情報などもプラットホーム化する必要があるでしょう。
 誰もがプラットホームに情報を流すことができ、その中から必要な人が必要な情報を得られるようなシステムづくりがあるといい。これからは、個人個人がサバイバル情報を得る能力を持つ必要があります。水害情報を自分で選ぶ能力がないと、個人は生き残っていけないでしょう。
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(セキュリティ産業新聞2008年9月25日号より)

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