風の軌跡(98)

はかなさと遊ぶ習慣

東京の桜開花宣言を聞いたが、凍るような冷たい雨が続き、2部咲き、3部咲きの蕾が濡れそぼっている。桜吹雪は、もう少しお預け。
イラク戦争1年目の特集やアルカイダの日本へのテロ宣言、かたや侵入盗から児童誘拐、虐待など、身の回りでも凄惨な事件が次々と起きている。激辛ラーメンなどがはやり、刺激の強い食べ物を好む人がいるが、事件や事故もあまりに続くと、「残酷なのはもう結構」と見ることをやめる人と、「もっと見たい、もっと刺激のあるものでないと面白くない」と病み付きになるタイプ。もっと刺激を、タイプが増えると怖い。テレビも人もますますエスカレート、習慣化してしまう。
スリラーや推理・探偵小説が大好き、という友がいて、時々電話がかかってきた。「すごい密室のトリック、面白いから騙されたと思って読んでみて…」
私は闘病時代に、病で友を何人も亡くした経験があるので、「殺人ゲームは興味ない」と答えた。戦争でも病でも自分の生命が危険にさらされたことのある人間と、経験の無い者とは根本的に感覚が違うのだろう。日本は平和で長寿世界一の国になり、「命のはかなさ」を感じるのは桜の花の季節のみ。「はかなさ」に伴う悲痛さや痛みが抜け落ちて遊び言葉になってしまった。

ずいぶん前だが、日本人とセキュリティについてインタビューした方が、戦国時代の武士の例をあげ、セキュリティ感覚を身についた習慣にすることが大切さと力説された。戦国武士は町中を歩く時でも両側の家から、いつ槍や刀で襲い掛かれても防げるように必ず道の真ん中を歩いた、という。 同じような事を20年前、ニューヨークに住んでいた方が言う。「道を歩く時は店の中から襲われないために必ず車道側を歩く。また万一襲われた時に暴漢に渡すために2、30ドル必ず身につけた。全くゼロでは、相手は怒って殺される。100ドルでは金額が多いので警察に通報されると、こちらも殺されてしまう。」2、30ドルが犯人を納得させ、こちらも命だけは助かる金額なのだと言う。このような身の処し方も習慣になれば重荷にならないのだろう。

とても優しい笑顔の方に銀座でご馳走になった。いつも不思議に思っていたその微笑み、笑顔。その秘密がついにわかった。若い時に会社を倒産させたり、修羅場を経験、あまりの悪運を断ち切るために改名までしたという。凍り付く冬を経験した人は、春風のような優しさが人を励ますことを本能的に知っていて習慣になっているのだろう。その笑顔は私だけに、と思うのは大きな間違い。

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