風の軌跡(202)

1対Nの恐怖

 近くの銀行の営業マンが飛び込み営業で挨拶に来た。証券会社や保険、派遣会社の場合は、忙しいから、と即お引取り願うが、銀行となると、あんまり素っ気無くしないほうが良い、などと思い、つい会ってしまう。まして大手の都市銀行からのさわやかな青年。
 先週ビッグサイトで開かれたビジネスショーで、弊社の新聞を見たらしい。
「セキュリティ専門の新聞があるとは、びっくりしました」
早速、ご近所だと言うことで覗きにきたらしい。ATMに指紋や静脈などのバイオメトリクスなどが導入されて、金融機関のセキュリティは弊紙にとっても、大きなテーマ。
「指紋や虹彩などいろいろあるんですね。顔認証なども」
 つい引き込まれてこちらも、1対1識別、1対N識別の違いなどについて話す。重装備の機器から廉価の簡単なシステムまで、ニーズによって選ぶ必要性も。
興味を示したのが1対N、不特定多数の人の中から、1を識別する。
「想像するだけで、大変な機器ですね。」
「段階的に、例えば、70%、80%似ている人を識別して、後は人が確認するとか・・・」
「なるほど」
彼は楽しそうに笑った。
セキュリティに興味を持つ人の多くが、ゾーンセキュリティなど、段階的なシステム設計の話を聞くと最初は面白くてたまらないらしい。犯罪者との知恵比べ、一種の探偵小説や推理小説に似た面白さがあるのかもしれない。
「何か面白い企画を考えて、また参ります」
彼はそういい残して帰っていったが、銀行の営業マンが考える企画とは?推測できず、しばし、頭をかしげた。
「要するに相手は一人いればいいのだから」
若い頃、誰もが悩んだように、「自分にも結婚する相手が現れるのだろうか」と不安な日々、義姉がさらりと言った。
「なるほど、ひとりね」
「一人くらいいるんじゃない?」ずいぶん気が楽になったのを覚えている。
 しかし、今の世はその一人に出会えないために、自殺をしたり、『誰でも良かった』と叫ぶ凶行に走る人がいるのだろう。
 1対1の安定した関係が築けない、Nという字の持つ不気味さ、顔の見えない、つかみどころのない不特定多数の人の存在が、1を潰してしまうのかも知れない。インターネットの世界はまさに巨大なNと小さな1が対峙する世界。たった一人でいいから家族でも友達でも見つけて手を携えないと、Nの恐怖に対抗できないだろう。三林和美

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