風の軌跡(201)

水無月の嘆き

 サミット期間中の特別警備で、街角のあちらこちらに警察官の姿を見かける。見せる警備なのだと思うが、監視カメラと同じで、今はカメラがあるから安心、煙たい警察官も多数、近くにいるから安全、と変わってきている。
 タクシーに乗って皇居前広場を通りかかると、松の木が点在する広場の光景が何かいつもと違う。木の傍の芝生で休んでいる人の姿が異常に多いのだ。寝転んでいる人、荷物の傍で足を投げ出している人、いつもはポツン、ポツンという人影、今日はさっと見渡しただけで、10本の指で足りない。服装も、ラフな休日スタイルが目に付く。
「あの休憩している人の中にも、警察官がいるんですかね。なにか起きたら、広場いっぱい散らばった人たちが、走り出したりして」 運転手さんが噴出した。

「しばらくぶりに時間が取れたので昼食でもどうですか?。」
 近くのビルにいるお馴染みさんから電話があった。いつだって大歓迎の人だ。様々なアイディアや情報をたくさん頂けるし、何よりも会話が楽しく話が尽きない。合間に、ちゃっかり会社の相談なども持ちかけたりする。10年も前からお付き合いいただいているのだが、去年、突然にご子息を亡くされてから、様子が変わってきた。
 朝、起きると健康な息子が死んでいた、と言うショック、原因は医者も分からない、という。憔悴しきった様子に、気の毒で言葉が見つからず、ついつい沈黙。
「もう1年たつのですね」
「そうですね。夏が一番嫌いになった。しかし子供が亡くなった後1ヶ月くらいの記憶がないのですよ」
 側にいても感じ取れる深い喪失感、悲しみ。
今は息子さんの遺品の中からたくさんの書きかけの小説が出てきたので、出版する準備をしている、とも。
 突然、無になった子供、その虚ろな無の存在から、生きたという印を残してやりたい、という思いは、親としては切なるものだろう。
「こういう遺品整理をしていることで、少しずつ癒されていくのかと思うけれど、しかし不幸に対する耐性が、我々今の日本人は弱くなっているのでしょうね」
 いやいや記憶を失っている事実が、脳と心が自己防衛したとも言える。
 昔覚えた詩の1節を思い出した。
 また立ち返る水無月の/嘆きを誰に語るべし/沙羅のこづえに花咲けば/かなしき(愛しき)人の目ぞ見ゆる。
三林和美

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