風の軌跡(195)

遅咲きの桜

 強い風雨が昼夜吹き荒れた。週末には桜の開花と花見客のニュースでにぎわったが、「今年の桜もこの雨で終わりかも」誰もが思うことは同じ。
 風雨がやっと治まった日、夜遅く帰宅途中、公園の角の桜の木がたわわな花を重たげに揺らしていた。殆どの桜が満開を迎えた週末、この木はまだ枯れ枝のままに見えた。他の桜を散らした強い風雨にやっと目覚めたのか、夜目にも美しく香るようなピンク色。一本だけで今、満開。いいなあ。
 この木のような少しのろまで、目の前のことに機転の利く器用さは持ち合わせていないが、人々が騒いでいる時は遠く離れて知らん顔、のんびりマイペースで着実に自分の時を刻んでいる。そんな人が昔はもてたのですよね。付和雷同しないといって。  周りの空気が読めないことが大きな欠点のように言われる時代、確かに仕事仲間としては少し困ることもあるが、人間としては、魅力があって嫌いではない。

   京都まで日帰りで出かけた。「花の京都、1泊して桜を楽しんで来たら?」
 いつも周りの人に勧められながら10数年相変わらず日帰り出張。考えてみると京都の神社仏閣、殆ど訪れたことがない。雑誌やテレビ・映画などで見ているうちになんとなく知っている気になっている。来年こそ花の京都の夜を楽しもう、と思うのも毎年のこと。
 車窓から見える田園風景を眺めるのが楽しみの一つだったが、今年はどういうわけか、休耕田のような、田畑がそのまま放棄された土色の空間が目立った。関が原の近くで、わずかに緑の田畑を見たが、かつてのように、見渡す限り手入れの行き届いた田畑の光景ではなかった。日本の農村は大丈夫なのだろうか。

   センサーについて楽しい話を聞く。セキュリティのカメラがインテリジェント化している、と聞くがセンサーもあの手この手で侵入者を見極める賢さを極めている。犬や猫、なまずなど動物の鋭い聴覚や嗅覚もセンサーと言えるかも知れない。カメラとともにセキュリティの基本だ。
 IT時代といわれて、科学技術の進歩はますます早まっているが、一方では、未解決の事件を超能力保持者が透視や有体離脱で解明したり、犯罪者を追い詰めた話もテレビなどでよく見る。この宇宙や動植物の中に神が密かに組み込んだ能力の一体どれほどが解明されているのだろうか。まだ序の口なのかも知れない。
 三林 和美

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