風の軌跡(189)

気の毒な窮鼠犯罪

謹賀新年。
 仕事始めの4日、近くの神田明神に参詣した。神田で仕事をするようになって10年以上だが、今回が初めて。商売繁盛の神なのだと言う。
 昨年は近くの靖国神社に参詣。まるで小泉元首相の参詣シーンを真似る様に、日本人だよ、文句があるかと半ば高揚した思いで広い境内を歩いた。
 同じ神社でも今年は全く違う様相だ。鳥居をくぐる前から、参詣者があふれ縦列を組んで、2、3歩歩いては立ち止まる牛歩状態。本殿の前の白い布の賽銭場までたどり着くのに優に3、40分もかかった。人々が殺到する場所はすべて避けてきたが、お正月からやれやれと幸せでない気持ちでコインを投げ、手を合わせる。おみくじを引くと「小吉」
 「まあいいか、人生はいつも全てよし、とは限らない」などと自分を納得させて境内を出た。帰りに聖橋の際の階段の側で一休み。もう10年以上も前、この階段を登って毎日通勤していた。イチョウの葉で周りが黄色に染められた光景が目に焼きついているが、今は植え込みの根元に汚れた落葉が掃き集められていた。
 会社に戻ると同じく参詣から戻ってきた人が、おみくじが「大吉」だったと、がっかりしている。
「大吉だとそれ以上がない、良い運がそれで終わる。小吉や中吉の方が先がある」と言う。
まさか。「こんなものは努力して小吉から大吉になれるものじゃない、ただラッキーで喜べばいいんでしょう」人それぞれと笑い飛ばそうとして、マイナス思考に陥っているその人の疲れの大きさに気づいた。年末からほとんど休んでいないのではないか。
「少し休んだほうがいい」「言うのは簡単ですよ」「少なくともプラス思考になるまで休んだ方がいい」。
 鈍感力とはいわないが、「ケセラセラ、なるようになる」と神経を休ませることも必要。

 またもや少年が包丁を振舞わし無差別に人を傷つける事件が起きた。「誰でもいいから殺したかった」ひりひりと神経に刺さるようなこの言葉は、どんな状況から出るのだろう。
窮鼠状態に追い込まれていうように見える。少年犯罪だけでなく高齢犯罪者も急増していると言う。窮鼠犯罪は止まらないのだろうか。
鼠を追い詰める猫は社会全体だろうか。「私も時々猫のように爪を磨いたりしていて・・・」。
冗談は冷たい視線で無視された。やばい。今年もよろしくお願いします。
三林和美

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