風の軌跡(188)

「あすなろ」のように

 今年もいよいよ残すところ1週間、落葉で街路が黄色く染まる秋の風景が12月までずれ込んで、クリスマスのイルミネーションと重なっている。会社の窓から下の広場を見下ろせば、昼には黄色のイチョウの葉が散り急ぎ、暗くなれば、氷のような青色の無数の光がツリーを浮かび上がらせている。
 年末恒例の企業アンケートの回答が集まってきて、「今年前半は好調だったが後半は苦戦した」などと言う声も多いと聞いた。右肩上りのセキュリティ業界、外野席から見ればホットに見えても、現実はどの企業も生き残るために、必死なのですよね。

   銃乱射の悪夢がいよいよ日本でも現実になった。狂った一人の人間のために、無抵抗の犠牲者が次々と殺される。酒酔い運転でもそうだが、法の限界がありありと見えて、法から守られるのは加害者か、被害者か、つい考えてしまう。人道主義や死刑反対の考え方も頭の中では理解しても、人として許される範囲を超えた兇悪な犯罪者には、目には目を、歯には歯を、の考えに共感を覚える時も多い。

   今年を現す文字に「偽」が選ばれた。真と偽、本物と偽物、イコール善と悪ではないだろう。国会での虚偽答弁などは明らかに良くないとは思うが、赤福の賞味期限の偽りなどは、「例え、賞味期限が切れていても食べたいね、あの味は本物だよ」などといいたくなる。偽の中身もいろいろ。

 考えてみればネットワーク社会とは虚構の世界である。私たちは中東の戦争もアルカイダのテロも映像で見るだけで、知っていると思い込んでしまう。ブログやメールでの知り合いもそれぞれの人の現実の生活は何も知らないのに、知っていると錯覚する。コピー製品の氾濫が、限り無く本物を埋没させていくように、慎ましやかな人間の生活も虚構の中で見えなくなる。
 本人識別等とセキュリティ技術は進歩しても、肝心の人間自身は虚ろな心で「自分探し」の旅に出ていく。  

 20年来の友達が言う。
「若い頃考えた人生と全く違うように展開したわね」「そうよね、まだ終ってないんだから」
 我々、自称偽者はいつも本者になりたいと夢見る。「あすなろ」のように。偽者のくせに本物と思い込んでいるのがいちばん困る。まだまだこれから・・・会社も人生も続いていく。たくさんの出会いと実のある成功を来年に夢見て。三林和美

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