風の軌跡(181)

台風の夜、避難勧告

 台風9号が夜半にも東京を直撃、などと言う気象情報の中、帰宅を急ぐ人々で電車は混雑。それほどの風雨にならないうちに社員も帰宅したと言う連絡が入ってまず一安心。テレビニュースを見ていた。
 最初の異変は臭いだった。何か焦げている、またまた鍋を焦がしたか、と台所を見たが火は使っていない。おかしい。窓の外の白い煙に気づくのと、けたたましい消防車の音が、ほとんど同時、何台もがどんどん近づいて来て、すぐ下の道路に集まってくる。
 外に出ると1階のフロアはすでに人でいっぱい、「7階で火事」という。
 見上げるとベランダから激しく火が噴出していた。無数の火の粉が公園の樹木の上にも降りかかっていた。
 類焼しない建物構造なので、驚いて集まった人々も他人の火事、どこか余裕がある。公園の中も野次馬気分の人でいっぱいだった。しかし、消防車が4、5台も集まる中、いつまでたっても盛大な放水もなく、火の気は一向に収まりそうも無い。
 消防のアナウンスが聞こえた。
 「3号棟の人は全員避難してください」
 避難勧告?、テレビニュースでは耳にたこができるくらいに聞いているが、まさか・・・。
「避難してください、と言ってますよ」
「類焼しない建物なのになぜですかね」
 見物していた人も、もはや野次馬ではいられない。動揺が広がった。そそくさと自宅に戻ると、玄関前にも人々が集まっている。
「火事は7階、下の階は大丈夫ですよね」
「避難してください、と言われてもどこに行けばいいんですか?」 「家は病人を抱えているから、この雨と風の中、避難すぐにはできない」
 普通はほとんど挨拶さえしない人も話しかけてくる。誰もが避難勧告に従わないですむ理由と言い訳を探して口にする。

   火事を7階まで上がり、つぶさに見てきた人に尋ねた。
「なぜ避難しなくてはならないの?」
「爆発を恐れたのだろう」
爆発とは想像さえしなかった。なるほど素人の考えは甘い。消防のアナウンスもいつの間にか「建物から離れてください」と変わっていた。強風ではしご車も使えず、警察も消防も2時災害を恐れ、30分も火事現場に踏込めなかったことも、後で聞いた。
台風と火災、ダブルパンチの教訓は「消防の指示には素直に従おう」。

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