風の軌跡(116)

痛い棘を付けた薔薇

今年1年、次から次へと凄惨な事件や大災害が続いた。「21世紀は災害多発時代」とよく耳にしたが、狂ってきたのは地球環境だけでなく、陰湿な犯罪などを見ると、日本人の精神面や心理の根底が壊れつつあるので?と思えてくる。不安感が蔓延していて、占いやまじないなどのテレビ番組がもてはやされ、ふわふわとその場しのぎの笑いで誤魔化して終わってしまう。


冬ソナブームで、中高年女性が空港やホテルに殺到するのを見ると、悪いとは言わないが、実生活が安定していても空虚なのだろう、と想像する。ある程度の年齢になると、軽薄なコマーシャリズムに流されるのはみっともない、という恥の観念やたしなみがあったが、今は面白ければいいと野次馬根性で群れてしまうのだろう。冬ソナのスターにとっては、殺到する日本人中高年女性は恐怖ではないだろうか。夢に見てうなされなければいいが、と私は勝手に同情している。興味も無い大勢の他人に自分自身の静かな生活やプライベートの時間を侵害されて、お金にかえられない失ったものの大きさをかみしめているかもしれない。


某万引きメーカーから、50代女性に万引き常習者が増えているが、と問い合わせがあった。調べてみるとそのとおり、生活に困って万引きに走るのではなく、孤独や空虚感からの逃避など、何らかの精神的な要因で万引きをする。私と同じ世代で、言われてみれば思い当たる節があった。はじめて行くスーパーや量販店などで買い物をしようとすると、店員が慌てて近寄って来る。すぐ側でごそごそ商品の点検をはじめたり、後ろを行ったり来たり。こちらが話し掛けたりすると、びっくりした表情で、まるで悪いことをしていたのを見つかったような慌てた対応をする。やっと分かった。私は要注意客と見られたのだろう。


冬ソナにしろ、万引きにしろ、中高年女性の経済的破綻は話題にならないが、同じ中高年でも男性のほうは、リストラや経済的破綻などで自殺者が増えている。少年問題が今、治安回復の重要テーマになっているが、その親の中高年世代こそ、ふわふわ世相の根元かもしれない。


「薔薇(しょうび)ならば花開かん」50代で亡くなった父の口癖であった。「時期が来れば、薔薇は自ずと花開く」という意味だと子供の頃は受け取った。この頃、同年齢になって「花開かん」の言葉には子に対する祈りがあったのだ、と気づいた。我が社の社員にも同じ言葉をつぶやく。ただし、忘れないで。痛―い棘を葉にいっぱいつけて咲いてね。

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