風の軌跡(115)

殻を無くしたカタツムリ

いよいよ今年も20日余り、あわただしくなってきた。年の瀬を迎える前に終わらせなくてはならない仕事がドカーンと目の前にあり、カレンダーを見つつため息をつく。若い時は、「目の前にあることから片づけよう」とすぐ着手したものだが、私の歳になると「大変だ、大変だ」と気ばかり焦り、居ても立ってもいられない状態で堂々巡り。

「ちょっと邪魔だから向こうで座っていて下さい」などと社員の一人に言われて「のろまの私じゃあ間に合わないかもね」などと言いつつ自席に戻った。何と申しましょうか、こういう時は猫だったら、相手に背中を向けて黙って毛繕いをするのだが。


引きこもりの若者が親や兄弟を殺す悲惨な事件が起きている。血縁関係は愛情がひっくり返って憎悪に変わると凄まじい激しさになるようだ。日本には仕事にも学校にも行かず引きこもった若者たちが20万人とも言われるが、親が年老い、ひ護の囲いが無くなれば、殻を無くしたカタツムリのようになるのだろう。

全身傷だらけになって一人ぼっちで何を考えるか。

痛ましいの一言に尽きる。


社会に出るのが恐い、という面では私達の時代も同じだった。就職してもこのまま働き続けるのか、と思うとうんざりした。仕事上の付き合いで、きちんとつめる、または軽く受け流す、などの社会マナーに慣れていないことが疲れる原因だった。とはいえ、毎日会う人は原稿の執筆者で大学の先生がほとんど。学生時代の延長のようで時には昼食などに誘って下さる。その時の雑談が苦手だった。意味深な冗談などを言って、こちらが赤くなったりどぎまぎすると、実に楽しそうに笑う。当時はセクシャルハラスメントの言葉は無かった。

中に高名でひときわダンディな教授がいた。家庭的に事情があって子供が育つのを待って、家を出て別の女性と暮らしていた。

「ハンサムな大学の先生と結婚しては後で後悔するね」などと言いながらも人気抜群だった。

朝、駅の階段を駆け登り、電車に飛び乗ろうとした時にすぐ側に先生を見つけた時の驚き、見てはならない光景をのぞいたようにどぎまぎしてしまった。ご挨拶後、すぐ駅前の高層マンションに住んでいると言われた。

次の日から、駅に行くのが苦痛になった。結局、先生の乗られる所から一番遠い電車に乗ることにした。「女性の部屋からご出勤といっても相手は平気なのにあなたが恥ずかしがることはないじゃない」同僚が言った。カタツムリの心はカタツムリにしかわからないのですよ。

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