風の軌跡(114)

裕次郎ドラマ、端正な心の形

光を映したような山吹色の木の葉が1枚、1枚と落ちていく。足元の1枚を拾ってみれば、そのまま、押し葉か、ブローチにでもして保存しておきたい程の色合い、艶やかさであった。

落葉樹も様々。汚れたハンカチのようになって道路のゴミとなる葉もあれば、光の色をそのままとどめて輝く絨毯のように道路を飾りながら朽ちていく葉がある。

やっと秋風景、自然災害、人災ともども異常なことがあまりに多いと、日常生活でも自然の営みでも正常に動いていると、ほっとしてくる。


東京ビックサイトで学校、教育施設展が開催され、当社も出展した。ブースを訪れる人の中には低学年の子供を持つお母さん方や学校の先生もいられて、子供たちを犯罪被害からいかに守るか、苦慮しているのが生身で感じられた。奈良の女子学童誘拐殺人などは、GPS携帯を持たせていたにも関わらず、子供を守ることができなかった訳で、父母にとっては居ても立ってもいられない不安感に襲われるだろう。

「うちも小学校1年生の女の子がいるから、近所のお母さん方と相談して交替で付き添いを考えているんですけどねえ」

中年の女性は仕事を持った共稼ぎ世帯、子供の送り迎えもままならず思いあぐねているようにみえた。


石原都知事が執筆された「弟」がテレビで5夜連続放映された。兄が芥川賞作家で都知事、弟がスーパースターという話題性もあったが、感動したのは登場する人々の美しさ。背骨をすっきりと伸ばし、誇り高く、武士道にも通じる筋のある男の人たち、その側には慎ましく忍耐強く、かつ凛々しい女性たちがいる。端正な精神の形とも言えるような人格を持つ日本人の姿が、久しぶりにテレビに出て心洗われる思いだった。それに比べて今は、男女ともども、外見や恰好良さにこだわり、それが人間の価値の全てでもあるかのように見る。内面は薄っぺらな雑学や知識の寄せ集めで物知りを教養と勘違いし、筋道だった精神の骨組みは見えない。肉片のみ詰まった軟体動物を連想させなくもない。


かっての上司夫妻が来社して昼食を御一緒した。まずまずの食事を終えて狭い階段を降りようとした時、「気をつけて降りなさい」元上司の妻がすかさず夫に言った。

「旦那に命令形で話すんだねえ、部下の前でも平気で」会社に戻りつつ呆れ果てたようにつぶやいた。年配者の無作法はやりきれない悲しみを残す。落葉の姿は木の葉と違って人間には美も醜も心がけ次第、と思うのだが。

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