風の軌跡(110)

次世代に負の遺産

「訓練です。訓練です。」スピーカーの声が窓から聞こえてきた。防災放送ではなく、すぐ近くの小学校からの放送らしい。近くの公園や学校で行事が開催されると、その都度、催し物の内容が、実況放送のようにスピーカーの声で届いてくる。

「校内に不審者が侵入したという想定のもとで、避難訓練を開始します」

なるほど、子供の命を狙った侵入者から、子供たちをいかに守るか、このような訓練を小学校で始めなければならない時代なのだ、と、改めて胸を突かれる思いがした。大阪池田小学校の事件を契機に類似犯罪が続発している。


「今、裏門から不審者が侵入しました。子供たちを避難させて下さい。避難させて下さい。」

あまり切迫感のない女性の声、運動会の声と全く変わらない。何しろ声だけが情報なので、神経を耳に集中して想像力を膨らませる。校舎内の騒然とした様子(?)は全く聞こえなかった。耳をそば立てて待つことしばし。「避難完了、無事全員校庭に集合しました。それではこれから、保護者と共に帰宅します。1年、2年生は体育館前に集合、3、4年生は・・・」

子供たちが父兄と帰宅する様子を見ようと、慌ててベランダに出てすぐ下の道路をのぞいた。待てども待てども父兄と子供たちの姿は見えず、どうやら避難体制を組んだところで、訓練は終わったらしい。侵入者は捕まったのか、逃げたのか、私としては気になり、尻切れとんぼの終了に落着かないが、子供さえ無事であれば、後は警察の仕事、訓練なのだからこれで良いのかもしれない、と自分を納得させる。


必ず来るという東京直下型地震と、子供たちを狙った犯罪と、どちらが今、私達は恐いのであろうか、と考えた。

大地震では、都市が破壊され、数百万人の帰宅難民、数千人の死者、人災喪失資産共に甚大な被害が予測されている。一方、学校への侵入者による子供殺害はロシアで先日起きた事件でも、約3百人と聞いた。人的被害は比較の対象にならないが、子供たちを狙うという犯罪者の心理が、無限の闇を垣間見たように、想像の域を越えて恐ろしい。地震よりはるかに恐い。


富士総研が昨年9月実施した「生活者のセキュリティに関するアンケート調査」によると、子育て世代3、40台の85%が、最も不安に感じる犯罪被害のトップに「子供の犯罪被害」を挙げていた。3、40台といえば社会の根幹を担う人々、我が子が安全でない情況では、おちおち仕事もしていられないだろう。

年金世代は子供たちを父母に代わって守ろうと思わないのだろうか。ボランティアとは、人が知らないところで良いことをすることだと聞いた。昔の日本人は多くがそんな価値判断を持っていたように思える。人知れず良心に従って善をなすことが「勇気ある人間、カッコイイ」と昔の日本人を蘇らせて欲しい。

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