風の軌跡(104)

文字の持つ怖さに注意

韓国の人質が殺された。拘束された人質の前で、声明を読み上げる犯人の映像は、日本人3人が拘束された時とほとんど同じ。しかし、今回はアルカイダが関わっているという。テロリストとはいかなる交渉も譲歩もしない、という世界ルールを守るということは、このような強烈な痛みを伴う選択や映像をこれからも見せ付けられるということだろう。日本人と似た顔の隣国、床を叩いて泣き叫ぶ人質家族の様子を見ると、身の置き所のない悲しみとはこのようなものなのだろう、と思わずもらい泣きをする。


韓国ドラマ「冬のソナタ」を見た。主人公の韓国スターが来日した際に日本の中年女性が何千人も羽田に詰め掛けた、というニュースで最初は覗き見半分、土曜日の夜遅い放映時間も私にとっては最適で、後を引いて毎週見ている。美しく贅沢でかつ甘ったるいメロドラマ、若い女性が夢中になるなら分かるが、それなりの人生の荒波を乗り越えたはずの中年女性が夢中になるというのはどういうものか。精神年齢は若い娘と同じ、こんな母親だから日本の少年はふにゃふにゃに育ったんだ、等と最初は切ってみたくもなった。ところがこの甘ったるさの気持ちのいいこと、決断力のないヒロインに舌打ちしたりしながらも、油断していると、思わずもらい泣きをしていた。甘い感傷的なこの涙を流したいために誰もが見ているのだ、と悟った。テロの犠牲者への涙とは全く異なるが。


当社のHPで書き込み専用コーナー「セキュリティ遊歩道」を作った。多くの人の参加で新聞の投書コーナーのようになれば、と願っている。

「愚痴でも何でもいい、たくさん書き込んで」とHP制作の方の命令で、愚痴ならいっぱいあると答えたが、いざ書き込もう、として全ての愚痴が引っ込んでしまった。本来、愚痴とはぐずぐず酒でも飲んで漏らすもので、いわば庭の隅っこにできる苔や雑草の様なもの、お日様ぽかぽかのバラやボタンの場所に出せば醜い。誰でも見てるよ、というようなネット上に公開するものではない、と気づいた。文字や文章は固定されたまま一人歩きを始める。従って文字を扱う人間は何度でも修正して、整えて人目にさらすのが普通である。整えることなく書きなぐりしたいのがネット上、要注意。


墨流しという伝統工芸を見た。水面に多彩な色の墨を流して、一瞬の水模様を和紙に写し取る。鑑賞に耐えられるものは、何十回に一つだという。一瞬一瞬変容するのは人の心も同じ、私の心の深層を文字に表し固定したら・・・。恐い、アルカイダより恐い。

戻る