風の軌跡(103)

ルポと一緒に過した日々

好天の日、ASIS(米国産業セキュリティ学会)日本支部の春季研修会に参加し、東芝科学館と横浜刑務所を見学した。

午前中は川崎の東芝科学館で、発明好きの1私人が創立した小さな会社が、日本のトップ企業の一つに成長するまでの歴史を、当時の製品と写真でお勉強、創立者が作った歯車を組み合わせたからくり人形や水銀の流れを応用して階段を降りてくる人形などを見る。その英知と工夫の素晴らしさ、いつのまにか電気や科学技術がなくてはこの世は動かない、と思っていたが電気を使わなくても人形やロボットは動くのだ、等と電気崇拝が少し薄まったところで、洗濯機や炊飯器コーナーに移動。「皆さんはこの炊飯器に思い出が深いのでは・・・」ガイドの女性が年配者の多い私達に尋ねる。そのとおり、古ぼけた製品が子どもの頃の台所の光景に繋がってくる。そして極め付きはワープロの『ルポ』。これがなかったら今の自分がいたかどうか、等と考えていると側の先生が「私は3機種買い替えましたよ」とおっしゃった。

最後に未来の技術開発分野のコーナー、医療や交通、セキュリティにも関わってくる音声や顔認識技術、電波を利用した様々な最新の取組みが紹介され、見学者が体験出来る形で展示されている。


同行者の中には7年ぶりにお目にかかる懐かしい方々がいた。かつて携わった雑誌でセキュリティ用語を掲載するページがあり、1ヶ月に1度、4、5人の人が集まって用語原稿を検討し合った。その時のお二人。喧喧諤諤の会議の後には、喫茶店で雑談、親しくなった。その会合は楽しかったが、会社に戻れば席は部屋の奥に移され、締め付けが始まっていた。辞表を出し、知り合いの出版社の単行本を手伝うことにした。ルポの最新機種を買い求め、資料の解説原稿から始めた。6畳間はルポを真ん中に資料の山、休みの日は朝からルポにしがみついて気が付くと夕方になっていた。営業優先で書くことを禁じられたそれまでの不満が癒されていく。ルポさえあれば何も欲しくない、先行きの不安や人間関係の摩擦も、書き続けていたい、という強い思いの中で消え去っていた。4ヶ月過ぎて休日の夕方、ふとベランダの外をみると真っ白な桜が窓いっぱいに広がっていた。「ペンでやって行けるかもしれない」はじめて不安が希望に代わった。涙で白い花が潤んだ。

ルポと苦い思い出に繋がる人々、言葉を無くしていると「いつも読んでいますよ」7年前の笑顔があった。言葉を交わせば無数の傷の残る歳月の向こう側から親しさが戻ってくる。「また会いましょう、ぜひ」曇りガラス越しの再会と思えたのは目がうるうるしたせいかもしれない。

戻る